前回のルビンの壺からだいぶ時間かかりましたが一冊読み終わりました。
「正欲」著・朝井リョウ
こちら、ずっと気になっていたのですがやっと文庫化されたので手に取れました。
本屋大賞ノミネート作品は出来るだけ読みたい人です。
タイトルからして気になりません?「正欲」とは?「性欲」なのか?
しかも人物の心情表現の言葉選びが本当に絶妙な朝井リョウ先生の本となれば一読必須かなと思って気になってました。
あらすじ
一見、繋がりのなさそうな人物3名のそれぞれの視点で話が展開。
先が進むにつれだんだんと話が繋がっていきます。
とある事故をきっかけに少しずつ話が進み、登場人物たちそれぞれの抱える問題がだんだんと明るみに。
昨今よく目にし耳にするようになった「多様性」
その多様性は本当に「多様性」と呼べるものなのでしょうか?
帯にもありますが「読む前の自分には戻れない物語」が繰り広げられていきます。
ネタバレなしの感想
今作に関してはネタバレなしで感想を述べるにはかなり難しい作品だと思います。
なのでネタバレ回避されたい方のために、まずはネタバレなしでの感想を。
朝井リョウさんの作品はあんまりミステリー要素はないものばかりを読んできたため、今作もそうかなと思って拝読。
…したんですが…若干のミステリー要素も含まれているような気はしました。
ミステリーっていうか「え?これは…どういうこと…?」みたいな、フラグといいますか。
ミステリーとは言い切れない一歩手前みたいな感じというか。
最初は3人の人物の視点で話が進むんですが、途中から「まさか!こうくるか!?」でびっくり。そこからはもうページを捲る手が止まらなかったw
あと、やっぱり朝井リョウさんの書かれる文章運びがとにかく好きすぎる。
何度も文章を読み返す作家さんです。
アホなので最初ちゃんと文章の意味がサクッと分からないのです…なので「ん?」と違和感を感じるたびに同じ文章を2度3度繰り返して読む。だから時間がかかるんですが、その読み返す文章がとにかく心情を表現するのにこれ以上の表現はあるのか?というぐらい伝わってくる。
ちょっと哲学書を読んでる感覚になります。私が感じていたこの感情はどう言葉にすれば良いのだろう?…を明確に表現してくれる。本当に大好きな作家さんです。
今作も特にテーマが「多様性」であり「マイノリティ」に関するものなので言葉選びには慎重にならざるを得ないと思うんですが、そこに関する今の世の中の在り方にサクッとナイフで切り込む話な気がします。
とにかく読み進めるにつれガツンと頭を殴られたぐらいの衝撃だった。
あぁ、私も何にも分かってなかったんや…って思い知らされました。
そういう意味で「読む前の自分には戻れない」本です。
ネタバレありの感想
ということでネタバレにも触れます。
この本、このタイトル…本当にここまで当てはまるタイトルはないと思った。
まさに「正欲」であり「性欲」なんですよね…。
「多様性」という言葉が浸透していると思っていた今の世の中、実は全くまだまだ及ばないんだということをとにかく思い知らされた。
私もマイノリティの方を理解「できる」、受け入れ「られる」と無意識に思っていたことを改めて知らしめされ、なんて自分は何にも知らないお子ちゃまだったのかと反省しました。
分かりきってるつもりでいた。それがいかに傲慢なことだったか恥ずかしくなった。
そりゃそうだよ…75億人もいるんだもの、性欲の対象が異性とは限らない。
それは同性だとかそういう次元じゃない。人間に対してしか性欲を抱かないなんて誰が決めたんでしょうか?
ここに出てくる人たちは一概に「水に性欲を感じる人」だったわけですが、もちろん水だけに限ったことじゃないですよね。
個人的に八重子の環境や心情が自分に近かったのでグサグサと心に突き刺さってたんですが、八重子ですら大也にすれば「マジョリティの人」であり「多数の岸にいる側の人」だったわけです。
だけどね、この2人の話に関してはやっぱり思うとこありました。
「言葉にしなきゃ気持ちは絶対に伝わらない」
これは辻村深月先生の「ぼくのメジャースプーン」を感じる部分でもありました。
人間はいくら言葉にして気持ちを伝えても絶対に100%理解することは不可能なんです。
99%までは行けても100%分かるのは自分自身だけ。
だから大也が八重子に(というか大也に限らず夏月も佳道もですが)「どうせ言っても分からない」と一方的に突き放すのは違うんじゃないかな…と思いました。
話してみなけりゃ分からんのです。言葉にしてみてやっと相手が分かってくれる人かどうか判断できる。
水に対してしか欲が湧かないのは誰でも伝わる性癖ではないと思う。残念ながら。
だけど100%分かってもらえなくても99%は伝わるかもしれない。
八重子がどういう感情でどういう環境で生活して今どう感じて考えているのか大也が分からなかったように、八重子にだって分からんのです。そんなの当然です。
私たちが一般的に指している「マイノリティ」の人は主にどういう人を思い浮かべるか?
それは結局「マイノリティの中のマジョリティ」なんですよね。
実際には「マイノリティの中のマイノリティ」が存在して当然なのに、目に見えてないから想像もできない。
だから異質だと排除しようとする。
知らないものを怖がるのが人間ですから…。
だけど「どうせ言っても分からない」と諦めてしまう気持ちも私には分かってしまいました。
私も親に対してそういうふうな環境で育ってきたので…。
「どうせ言っても分からない」に至るまでどれだけ何度も傷ついて何度も諦めて何度も自分を責めたことか。それがどれだけ疲れることか。
でも八重子の「不幸でいることは楽だよね」の言葉に「そうだな」と納得しました。
相手に理解してもらおうとすること、居心地の良い場所を作ることって疲れるよね…この2人の言葉のぶつかり合いは何度も読み返したくなる場面だと思います。
最初の語りはてっきり作者からのメッセージだと思った。
最初の事件の記事はただの小児愛者の事件だと思った。
でも読み進めるうちに全く違ったものに変わります。
これって何もこの本にあるだけじゃなくて、私たちに提示されるのは全て「結果」であり「過程」は決して提示されないんですよね。
「過程」を知った時、提示された「結果」は全く違ったものに見えてくる。
最後の田吉の言葉は差別的に感じはするけど、それを間違ったものと捉える人はきっと少ないんだと思います。結果だけを見ればきっと私もそう思ったと思う。
だけど話を読み進めた結果、最後の田吉の発言を読むとすっごくイライラする。なんだこいつ!ってなる。
こんな風に感じながら今の世の中を生きざるを得ない人が存在することすら私は想像できてなかった…と、とにかくショックでした。自分自身に呆れた。そういう本です。
あと「明日を生きたいと思えるかどうか」ってとこもね、ガツンときました。
確かに世の中に溢れる情報は「明日も生きている」ことが条件なんですよね。
私はライブに行くのも趣味のひとつですが、ライブの情報を追いかけること、チケットを取ること、ライブに行く予定を入れること全てが「明日も生きていたい」と思っているから行動に移すんだ…と気づかされました。
「明日も生きていたい」と思えるのは今の自分が世の中で生きていやすいから。生きることが(そこまで)苦しくないから。それは自分が多数の中に入る性質だから。
元々生まれた時から少数の側にいるしかない人たちにとって今の世の中おそらくまだまだ「明日も生きていく」ことに希望なんてないのかもしれない…自分だったらなんて生きにくく、生きることが苦しい世の中だろうと感じました。
生きるのが辛い…って本当にしんどいと思うんですが、きっとこの私が書いてる感想も全て多数側にいる人間の傲慢な言葉にしかならないんだろうなと思ったりもします。
難しい問題です。過程を知らないからと言って、いわゆる犯罪を犯した人を擁護するのか?といえばそうじゃないし、それは簡単な話ではない。
だけど誰にも迷惑をかけないで生きようとしているのに、人と違うというだけで悪者のような扱いを受けるのも絶対違うと思う。
この本は何をどうすべきか、ということではなく、今ある問題が全てではないこと、想像すらできない事が世の中には沢山あること、自分の考え方が必ずしも普通だとは限らないこと、知らず知らず傲慢でいること…他にも色んなことを考えるためのキッカケを与えてくれる物語だと思います。
まずは考えなきゃ問題は明確にならない気もする。
答えは出なくても考えることが大事な気がします。
まとめ
結局長くなっちゃったんですが…。
この本は出来れば読んでほしい。
帯を見たときに「“読む前の自分には戻れない”だなんて大袈裟な〜」と思ったけど、実際もう戻れなくなりました。
でも戻れない方がいいと思います。読んで良かった。
最終的に自分自身を鑑みて見つめる結果になるかなと思います。
本もね、好き嫌いや合う合わないがあるので「オススメです!」とは言うけど「絶対に読め」とは言わないんですが…これは「絶対に読め」の作品です。読んでください。
もし合わなかったとしても何か得るものがあるんじゃないかなと。
意味分からんかった、何が言いたいのか分からんかったと思ったならそれもまた「得た物」だと思う。頭の片隅に刻まれるんなら、読んだ方がいい作品だと思いました。